高橋真由美(桂文枝夫人)や子供を調査!娘と不倫相手の共通点とは?

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桂文枝、紫艶と不倫

こんにちは。

最近は不倫の話題をよく書いているような気がする管理人です。

年明けはベッキーから始まり、宮崎議員と文春がビックネームや国会議員の不倫をすっぱ抜き、宮崎議員などは辞職する有様です。

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かつて不倫は文化と宣った人物がいますが、実に香ばしい今年に入ってからの展開。2016年は不倫当たり年のような予感がしますね。というわけでまたまたビッグネームの不倫が報道されました。こちらは文春ではなくフライデー

2月19日に発売された同誌によると…

艶歌歌手の紫艶さん(38歳)と桂文枝(かつらぶんし・元桂三枝・かつらさんし)さん(72歳)が親密にしている写真を入手したフライデーは、紫艶さんの居所をつきとめてその写真を見せたところ、あっさりと桂文枝さんとの関係を認めたとの事でした。

交際歴は20年

詳しい入手仮定は明らかにされていませんが、紫艶さんの存在は「知る人ぞ知る」言わば公然の秘密だったようです。つまり誰かが裏切ったのでしょうか。

とにかくそのようにして不倫が発覚し、ネット上も大いに盛り上がりをみてせいます。そんな訳で、ふと気になったのが桂文枝さんの奥さんや家族。

ということで、今回は桂文枝さんの家族にスポットを当ててみたいと思います。

 

妻・高橋真由美

ネットを検索すると「高橋真弓」という記述も見られますが、ここではヒット数が多い高橋真由美という名前のほうで話をすすめていきたいと思います。

生年月日 1953年3月1日

2016年2月現在62歳

2児の母(1男1女)

 

出会い

出会いは1970年頃。

今から遡ること約45年前の事です。

ラジオ大阪で深夜に放送されていた「ヒットデヒット バチョンといこう!」という番組で、当時桂三枝(現・桂文枝)のアシスタントをしていたのが現在の奥さんである高橋真由美さんという訳です。

二人が担当したのは1970年4月1日から1971年9月1日まで、結婚したのは番組終了後の1972年3月2日。

 

結婚

当時大学生だった真由美さんの誕生日が3月1日なのでそれを待っての結婚。そのせいで結婚記念日は絶対に忘れないと本人も語っています。

その時桂三枝さん29歳、高橋真由美さん19歳

女子大生でラジオ番組のアシスタント、つまりタレント活動をしていたという事は、おニャン子クラブやオールナイターズ(オールナイトフジ)の女子大生ブームの先駆け的存在だったようですね。

おニャン子クラブのような物量作戦がまだ確立されていなかったようですが、その芽は当時からあったとは驚きです。

 

ラジオ時代のエピソード

なんでも舌っ足らずの甘えた声だという記述がありますが、それ意外のエピソードは見当たりませんでした。

やはり素人女性を起用する80年代の女子大生ブームがこのころから始まっていたと感じさせられる話ですね。

1960年代にはそれを予感してか婦人公論に池田彌三郎(慶応大教授)「大学女禍論」や暉峻康隆(早大教授)「女子学生世にはばかる」等が掲載され、女子大生亡国論なるものが唱えられ始めました。

今考えると物凄い女性差別ですが、当時はこのような風潮だったのですね。

つまり驚くに当たらない、言わば必然的な流れだと。未完の「可愛い」パッケージを売り出す「アイドル文化」が70年代には既に確立されていた事と合わせて考えると面白いですね。

 

惚れた弱み

そんな訳でして、自分から惚れた弱みとでも申しましょうか、それ以降奥さんには頭があがらないらしく、経理担当(事務所か?)の奥さんからは小遣いをもらっている身だとか。

かかあ天下というイメージはないのですが、なんとなく桂文枝さんのほうが嫁さんに気を使っているように見受けられますね。

 

意見をいう妻

かと言っておとなしいばかりの真由美さんではないようです。
桂三枝から桂文枝へ名前を変えるときに

家内は、『私は桂三枝と結婚したんだ。三枝に立派になってもらいたくて、これまで苦労してきた。私は桂文枝になってほしくてやってきたんとちゃう』言うて、ずっと反対しています 女性自身より

としっかりと反対されます。その後も選挙の話が来るたびに妻から反対されているので、意見をはっきりと述べる奥さんのようですね。

うーん、ラジオ時代の舌っ足らずなイメージは吹き飛び、いい感じに年を重ねて現在では芸能界の大物を支える存在になっていますね。

 

1男1女

結婚後二人の間には男の子が1人と女の子が1人の合計二人の子供が生まれました。

 

息子

息子さんはよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の「三友事務所」というところで働いています。

事務所を手伝っているという意外は詳しい情報はありませんでしたが、おそらくスケジュール管理等のマネージャー業務をやっているのではないでしょうか?

桂文枝さんは息子にも同じ芸能界に入って欲しかったそうですが、本人はそれを望まず裏方に徹しているようです。父の姿を見て大変だなと思っていたのかもしれない、もしくは父が偉大すぎるので、親の七光りを嫌った結果事務所勤めを選んだと、こうも考えられますね。

 

そして娘さんのほうは2004年、音大の大学院を卒業して作曲家としてコンクールにも度々入賞しているそうです。

大学と大学院合わせて8年と仮定すると、年齢はだいたい39歳というところでしょうか…

 

偶然か?

 

あらやだ

不倫相手の紫艶さんと同じぐらいの年じゃないですか。

紫艶さんと出会ったのが20年前の1995年、つまり紫艶さんが18歳ぐらいの年。同じく娘さんも高校卒業か大学へ入学した時期。

 

勘ぐれば娘の卒業を待って(家を出るのを待って?)付き合い始めたと言う事ができるかもしれません。

娘が父親から離れて寂しかったので、その娘の面影を投影していたと…

果たしてどうなんでしょうかね?

 

以上桂文枝さんと家族についてでした。

 

 

 

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