渡瀬恒彦の死因は?プロフィールやガンの理由を調査!

俳優の渡瀬恒彦さんが14日にお亡くなりになりました。

享年75歳。

2015年夏頃から体調不良に陥り、病院で検査をしたところ胆のうに悪性腫瘍が見つかり入院。放射線療法や抗がん剤による5ヶ月の闘病生活を経て仕事へ復帰。

スポンサードリンク

しかし完治せずに入退院を繰り返し、3月14日に都内の病院で亡くなられました。

 

Contents

死因

死因は胆のうがん。

つまり、2015年に発見された悪性腫瘍が完治せずに逝去されたようです。

葬儀は身内のみで行うそうで、喪主は妻の「い保」さん。

渡瀬恒彦さんは1973年に女優の大原麗子さんと結婚していますが、1978年に離婚。

翌1979年には一般女性であり、今回の喪主であるい保さんと再婚しました。

 

プロフィール

名前 渡瀬恒彦(わたせつねひこ・本名)

生年月日 1944年7月28日

出身 島根県

血液型 AB型

身長 174cm

 渡哲也

 

早稲田大学卒業後、電通へ入社。

1969年、東映の社長である岡田茂さんからスカウトされて東映と契約します。

同じく俳優である、渡哲也さんが1964年にデビューして翌年には映画の主役を努めているので、その影響で彼の存在を知ったのでしょうか。

社長が口説き落とした、とウィキにはあるので、当初はサラリーマンとして生きていくつもりだったようですね。

その後数多くの映画へ出演し、1992年には自身が主演を務める「西村京太郎サスペンス 十津川警部補シリーズ」がスタート。

そして2015年4月をもってドラマが終了。

そしてその年の夏に悪性腫瘍が発見されたという事でした。

まるでドラマが終わるのを待って腫瘍が発生、あるいは発見されたような、そんな印象を受けますが、ひょっとしたらもっと前から体調に異変をきたし、本人から降板の申し入れがあったのかもしれませんね。

 

何故ガンに?その理由とは?

実は兄の渡哲也さんも1991年には直腸がんであると公表し、さらに病気の影響で人工肛門であると明らかにしています。

幸いお兄様のほうは術後の経過は良好で、その後も多くの作品に出演し、2016年に発売されたゲームソフト「龍が如く 極」では声優として活躍しています。

つまり遺伝的にガンになりやすい家系だったのでしょうか。

ガンになりやすい家系だったとしても、70歳ぐらいまで元気に過ごしていたと考えると、遺伝というのはあまり関係なかったのかなという気もしますが…


自分の中ではまだ60代前半ぐらいかな?というイメージだっただけにニュースを見た瞬間はかなり驚いてしまいました。

謹んでお悔やみ申し上げます。

 

sponsored link

関連コンテンツ