ミルコ・デムーロが日本へ来た訳と天皇陛下へ最敬礼の理由とは?

ミルコ・デムーロという人をご存知でしょうか?

彼はクリストフ・ルメール騎手と同時にJRA(日本中央競馬界)へ所属した初めての外国人選手でかなりの親日家

今回は何故彼が日本へ来たのかその理由を調査してみたいと思います。

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ミルコ・デムーロのプロフィール

名前 ミルコ・デムーロ(Mirco Demuro)
生年月日 1979年1月11日 37歳(2016年4月現在)
出身 イタリア・ローマ
身長・体重 158cm 52kg

1994年-騎手免許を取得。

1997年から2000年にかけて4年連続最多勝利騎手になる程の実力の持ち主です。

1999年-初来日。それ以降も数多くのレースで勝利。

2009年-NRA(地方競馬協会)の短期免許を習得。

2013年-JRA騎手免許試験を受験するも不合格。

2015年-JRAの騎手免許を再度受験し合格。(この時フランス人のクリストフ・ルメールも同時に合格)

 

日本へ来た理由

きっかけは自分の国の名馬が日本へ種馬として輸出されていたので興味があったからという事でした。

初来日は17~18歳頃で、その時見た日本の競馬に凄く感動したそうです。きちんと行き渡った調教、パワフルな馬、整理された競馬環境等、日本の競馬全てに感銘を受けたとか。

その後JRAへ日本で騎乗したいと直訴の手紙を送ったのですが、若いからという理由で却下されてしまいます。

そんな事ありながらも短期免許を取得するなどして日本で度々騎乗していたミルコ騎手。しばらく母国イタリアを拠点に活動しましたが、母国の競馬界は数年前から財政難で賞金の未払いが頻発しそれが理由で、ミルコさんはイギリス(2011年)、そして後にはフランス(2012年)への競馬界へと渡ります。しかしそれらの国においては伝統や格式が重視されているので思うような結果を残す事ができなかったのです。

そんな時パリで吉田照哉(社台ファーム=競走馬の生産牧場・社長)と出会います。そして彼や多くの日本人の手助けによって日本の地方競馬において短期免許を取得しました。

日本の競馬界は規定は細かくうるさいものの、それをクリアしてしまえば実力次第で容易に活躍できるのでしょう。

そのほかにも実は日本の競馬における賞金体系というのは世界的に見て群を抜いて高いんだとか。つまりその賞金に惹かれて日本に来たという事も大いに関係があるのです。プロだったらこれ重要ですよね。(笑)

まさに黄金の国ジパングに憧れたマルコポーロ(彼もイタリア人)そのものといった感じです。

 

家族

ミルコさんは三人兄弟の長男ですが、下の妹の長女のパメラ・デムーロさんも元騎手で現在は調教師。そして末の弟のクリスチャン・デムーロさんも騎手で、彼もまた短期免許を取得して日本の競馬界で活躍しています。

3人揃って騎手ですからね、さぞかしお父さんも…と思ったら案の定その父親もまた騎手だったというオチでした。さらに母親も…、とまではいかないようで、母についての情報は見当たりませんでした。

ご存知の方も多いと思いますが奥さんはめちゃくちゃ綺麗な方です。

家族

http://allin8.net/より

家族構成は以下のとおり。

マルティーナさん(26)長女ルクレッツィア(7)、次女レティッツィア(5)(2015年12月の時点で)

 

ドバイワールドカップで優勝

2011年優勝賞金世界最高のレースであるドバイワールドカップにてヴィクトワールピサ(日本の馬)で優勝を果たしインタビュー時には感極まって涙まで流しました。

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http://race.sanspo.com/より

東日本大震災直前まで日本でレースをしていたというのですが、いろいろとこみ上げてくるものがあったのでしょうね。しかし偶然とはいえ、すごいタイミングでの優勝でした。

 

天覧試合で最敬礼

そしておそらくミルコさんを一般的に有名したのが天覧試合での最敬礼シーン。これじゃないですかね。

展覧

wikipediaより

映画で見たことがある人もいるかと思うのですが、中世ヨーロッパで騎士が王様などにやる例の敬礼です。

この瞬間会場からは割れんばかりの歓声が湧き上がり天皇皇后両陛下も拍手でそれに応えていました。

その後のインタビューで彼は以下のように答えています。

「I LOVE JAPAN。日本のみなさんを愛しています。特別な日に勝つことができて、本当にうれしい。僕の日本に対する感謝の気持ちを表しました」yahooより

いやー、到底今の日本人には出来ない事ですね。外国人選手だからこそ出来るのであって、なんだかとてもうらやましくなってしまいます。

このような行為からも分かる通り、日本の文化をとても尊重しているミルコさん。その背景にはやはり自国に対する誇りがきちんとあるのでしょう。それを考えるとなんだか複雑な気持ちになってしまいますが、この事はいずれ機会があればという事で。

 

後検量前の下馬は禁止

しかしこの話にはオチがあって、本来騎手はレース後検量室へ行くまでは下馬してはいけないという決まりがあり、それをミルコさんは破ってしまい、審議対象となったようです。

日本中央競馬会競馬施行規程

第120条 到達順位が第7位までの馬の騎手及び特に裁決委員が指定した馬の騎手は、当該 競走終了後、直ちに負担重量の後検量を受けなければならない。

中略

3 馬の負傷、疾病その他やむを得ない事由により、騎乗したままで検量所に行くことが できないときは、馬場取締委員の許可を受けて、下馬して検量所に行くことができる。

http://company.jra.jp/0000/law/law07/07.pdfより

以上の条項に抵触したようですね。しかしここは両陛下を前にしての天覧試合で、しかも規定を破ったとはいえ、両陛下共に拍手で彼に応えてもいるので、委員会としては相当悩んだかどうかはわかりませんが、結果的にこの件は不問に付されることになります。

引用文の赤字部分、つまり「その他やむを得ない事由」というところを拡大解釈し、そして「馬場取り締まり委員会の許可」は事後承諾という形で決着させたのでしょう。

まあ、これは超法規的措置もやむなしといったところだっのでしょう。世論を考えると妥当な判断でもありますが。

さらに上記とは別のインタビューでも

ボクにとって日本は第2の故郷。だから両陛下がいらした特別な日に勝つことができたのが本当に嬉しくて、その気持ちをどうにか表現したくてやってしまったんだ。エキサイトより

と答えてるところを見ると、下馬禁止というルールを知っていたにもかかわらず、感謝の気持ちを抑えきれなくてついついやってしまったと。

しかしながら実は彼、この件にかぎらず度々競馬のルールを破っていたという前科がり、ゴール寸前でヒコーキポーズをしてフィニッシュして決裁委員会から怒られて罰金5万円を課せられたという事もあります。しかもドイツでの試合でもやってしまい同様に罰金を食らったというのですから、良く言えばイタリア人特有のおおらかさが大いにあるのかもしれないですね。。

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http://umasoku.doorblog.jp/より

 

大活躍

2015年には118勝と勝利数では第三位ですが、G1優勝4回、そして最多賞金獲得選手となり、37歳にして未だ実力衰えずといったところで、ファンの間からは

「勝ちすぎて日本人の若手が出てこれない」

などと冗談半分で揶揄される声もみうけられますが、デムーロ選手もそれは重々承知しているようです。しかしそんな時だからこそ逆に若手は自分の技術を磨くチャンスではないかと捉えており、そのプロフェッショナルな姿勢には頭が下がります。

同じ外国人のクリストフ・ルメール騎手もかなりの活躍をみせている事を考えると、日本人騎手もうかうかとしていられないように思えますが、それをいい刺激と捉えてさらなる競馬界の活性化の為にも奮起してほしいものです。

以上、ミルコデムーロ選手についてでした。

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