最近はスマップネタを追っている管理人です。といっても、もちろんネット探偵ですが。
しかし独立するんだかしないんだかよくわからない状況ですね。
と、そんな煮え切らない状況の中、本日発売された週刊文春に爆弾ネタが掲載されていました。
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それによると…
飯島女史がスマップを連れて独立を画策した背後には芸能界のドンと呼ばれている田辺エージェンシーの社長の存在があったとか。
Contents
文春の記事には興味深いエピソードてんこ盛りなのですが、全部を追ったらかなりの長文になってしまうので、ここでは
「田辺エージェンシー」「飯島女史」「ラオックス」「松尾浩介」「慰労会」
というキーワードに絞ってまとめてみたいと思います。
飯島女史こと、飯島三智さんがジャニーズ事務所を退職したのは2016年2月4日。以後芸能関係の仕事には携わらないと宣言し、保育園の経営をしたい等とも示唆していましたが、その後の消息はプツリと途絶えます。
そして同日、つまり2016年2月14日、東京都世田谷区に「B」というマネジメント会社が設立されたそうです。代表は松尾浩介氏。株式会社田辺エージェンシーの元取締役。
http://www.1101.com/itami/ceremony/より
彼は4年前、つまり2012年頃に田辺エージェンシーから独立したそうです。そんな松尾さんが今まで何をやっていたのかは知る由もないですが、2016年2月4日に飯島女史のジャニーズ事務所退社の日と歩調を合わせるようにして会社を設立したというのはなんとも解せない話ではありますね。
さらに、
この「B」に関してはいろいろなサイトで特定作業が進んでいるようですが、いまだ特定されるには至っていないようです。
田辺エージェンシーとは芸能界のドンと言われる田邊昭知(たなべしょうち)社長率いる大手芸能事務所。タモリを筆頭に、多数の有名芸能人を抱え、その影響力は業界随一とも言われています。
http://room-303.net/より
そして芸能事務所間のタレントの引き抜き合い等を禁止する為に設立されたと言われているのが、「日本音楽事業者協会」。田辺社長はその会長を務めた事もあるほどの人物。
タレントの引き抜きによる事務所間のトラブルの防止や著作権・肖像権などの権利確立、タレントの雇用環境の改善等を目的として1963年に創立された、最大規模の業界団体である。
ウィキペディアより
同協会に所属している芸能事務所は、エイベックス、バーニング、太田プロ、サンミュージック、ホリプロ、吉本興業、ソニー…等など。
という事でアンタッチャブルゾーン。
つまり…
かりに田辺エージェンシーがスマップ独立計画を画策したとしても、自身でご法度を破るわけにはいかない、そう考えた田辺社長が、部下の松尾氏を経由してスマップの独立を支援したと考えてもおかしくないのでは?というのがどうやら文春が訴えたかった事のようですね。
飯島女史がジャニーズ事務所を退職する際に力を貸したと言われているのが、田辺エージェンシーの関連会社である芸能事務所ケイダッシュ社長の川村龍夫会長(田辺エージェンシーの副社長兼任)。具体的には退職金の交渉の際の弁護士を紹介したそうです。
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/より
因みにこの方はバーニングプロ社長の周防郁雄氏と千葉県私立市川高校の時の同級生。という事でかなりの昵懇の仲。
http://friends.excite.co.jp/より
今度は家電大手メーカーのラオックス。
同社は2009年8月に中国系企業に買収され、以後主に中国人観光客相手の免税店として再起を図ります。社長は羅怡文(らいぶん)氏。
ウィキペディアより
1963年4月29日生まれの53歳。
2011年-スマップの北京でのコンサートの時にも立ち会っていたそうで、政財界への人脈もなかなかの人物とか。
2016年7月-ラオックスの関係者が「C」という会社を立ち上げます。
2016年12月21日-同社の代表取締役に飯島女史が就任。事業内容は「日本コンテンツの海外発信事業」という事でした。(文春の調べによる)
さらに、今後のスマップの活動についても気になる話が。
局側が新番組の企画などを事務所側に打診しているにもかかわらず、木村を除く4人のメンバーは既存番組のみ継続の意向で、新番組への出演オファーは頑なに拒絶しているんだとか。
…
という一連の情報を見ると、
独立する気マンマンのようですね。
というか、そのような趣旨の元に記事を構成したのでしょうが…
この事実のみでもって、実際に田辺エージェンシーが実際にスマップ引き抜きを画策したかどうかは、根拠としてはちょっと薄いですが、状況証拠的には真っ黒。
個人的な感触だと、
飯島女史から独立に関して相談された田辺社長がちょっと手を貸してあげようと、身を乗り出しただけなのではないかと。
もちろん裏側には多少なりともスケベ根性はあったでしょうが、それは二の次であり、少なくとも表向きは情的な部分が大きかったような気がします。
しかし自身が関わるのはマズイ、という事で、4年前に退社した松尾氏をクッションにスマップの独立に手を貸そうとした、
こんな感じなのではないでしょうか。
ただ気になるのが2012年頃に田辺エージェンシーを退職した松尾氏の4年間の動向。
うがった見方をすれば、2011年にスマップが北京で公演した際、「これはいける」と踏んだ飯島女史が、羅怡文社長や田辺氏に相談し、「それなら松尾を…」と、4年後の独立に向けて動き始めたという壮大な計画があったのかもしれませんね。
それを全部ひっくり返したのが木村拓哉だったと。
しかしスマップ独立の背景には何があったのでしょうか。
もちろんメンバー間の軋轢もあったでしょう。他にも裏社会の力関係の変化なんかも影響しているような気もしますが(どこかの分裂抗争等)それはさておき、結果ジャニーズ事務所が孤立する形になってしまったような気がします。
ひょっとしてジャニー喜多川さんの求心力の低下、つまり高齢故に関係各所がジャニーズ事務所からシフトチャンジしたとか。それとメリジュリの経営方針のマズさ、なんかも関係しているのかもしれません。(詳しくはリンク先にて。)
年末には木村を除くメンバー4人プラス、元メンバーの森且行で六本木の焼肉店で慰労会を行った事は有名ですが、実はこの慰労会は事務所からは「やるな!」と強く言われていたんだそうです。
それを押し切っての開催という事で、どう考えてもどこかしらの筋の後押しがないとできませんよね。
さらにこの焼肉屋は堺正章プロデュースであり、その堺が所属する事務所が、エスダッシュ。(ケイダッシュの関連会社、つまり田辺エージェンシーとも繋がりがある)
という事は事実上この慰労会は
4人のメンバー(田辺エージェンシー)VS木村(ジャニーズ事務所)
という対立構造を示唆していた可能性も。
これは我々一般時に対するメッセージではなく、おそらく業界関係者へ対するメッセージであり、そのような点においては実は非常に重要な意味を持っていた、と考えられるかもしれません。
これはもう…
独立待ったなし!
ということでよろしいのではないでしょうかね。
2011年-スマップ北京公演
2012年頃?-松尾浩介氏、田辺エージェンシーを退社
2016年2月4日-飯島女史ジャニーズ事務所を退社 同日、松尾浩介氏が「B」というマネジメント会社設立
2016年7月-ラオックスの関係者が「C」という会社を設立
2016年12月21日-「C」の取締役に飯島女史が就任。
以上、スマップの独立についてでした。
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