富岡八幡宮の富岡長子のトラブルは跡目争いの他にも原因が?事件の背景を考えてみた。

東京都江東区にある富岡八幡宮の敷地内で起きたトラブルにより、男女合計3人の方々がお亡くなりになりました。

亡くなったのは女性宮司の富岡長子さん(58)と、彼女を襲ったとされる弟の富岡茂永(56)さん、及び30代の女性(弟の知人、妹という情報も。)。その場に居合わせた運転手の宮司(33)は軽症だったそうです。

現在は情報が錯綜しておりそのトラブルの原因は定かではないものの、一説には跡目争いがこじれた結果の事件、とも言われています。

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一体3人の間に何があったのか?

 

過去にフライデーに報じられる

2014年12月13日

週刊フライデーは

東京・江東区 富岡八幡宮で前宮司一族が年越し確実な骨肉の争い。

と題して、富岡一族のお家騒動を報じています。

 

簡単にその内容を簡単に説明すると、

2010年頃から宮司代務者(次の宮司が決まるまでのつなぎ)として活動していた富岡長子氏が、天皇皇后両陛下富岡八幡宮訪問記念石碑を建設したのが2014年。

その石碑にはまだ宮司代務者という肩書にもかかわらず、「富岡八幡宮宮司富岡長子」と記載されており、それが原因でトラブルが発生したそうです。

つまり、正式に宮司になってもいないのに宮司と記念碑に刻むのは何事だ、けしからん、と周囲から批判を受けていたようです。

しかしなくなった父親の富岡興長氏はは長子を跡継ぎに指名したこともあってか、実質的に仕切っていたのは長子氏ですので、本人としては宮司で書いてもおかしくはないだろうという認識だったのかもしれませんね。

 

姉弟間の確執

その後なんらかの原因で長子氏と弟の茂永氏との間が上手くいかなくなり茂永氏が解雇され、それを恨んだ弟が姉を脅迫して後に逮捕されます。

つまり解雇された逆恨みでの今回の事件、とも考えられます。

さらに2015年には、天皇陛下を侮辱したとして長子氏は週刊誌に叩かれています。叩いた週刊誌が週刊実話という点がポイント。

以上、かなり雑なまとめですが、

以下、現時点での憶測です。

 

憶測的まとめと事件の背景について

 

長子氏は天皇皇后両陛下訪問の際の記念碑に、宮司代務者にもかかわらず、富岡八幡宮宮司富岡長子と記したのがトラブルの根源的な原因。

それに姉弟間の確執が絡み合い、弟が天皇陛下を冒涜した(実話的表現)件を大義として持ち出し、姉に天誅を加えた、と。

その裏には某筋からの暗黙の了解があった、のかも?

さらに茂永氏に関してはまちBBSという掲示板で最近江東区内の超高層マンションを購入したとの書き込みも。

書き込みがあったのは2017年5月ですので、今から半年ぐらい前。

つまり茂永氏はマンションを購入できるほど羽振りが良かったともとれますが、姉から手切れ金として幾ばくか渡された、或いは遺産、またはパトロンがいた?

或いは…

と、ここまでにしておきますが、ひょっとしたら金銭が絡む神社利権って線(アンタッチャブゾーン故に察してください)なのかもしれませんね。

次の宮司は誰か、を考えれば何か見えてくるのではないでしょうか。

失礼しました。

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